「ダックスフンドのワープ」逸話部分のみ[3/3]
ダナエ (文春文庫) |
5月17日が藤原伊織の命日である。2009年5月17日は三回忌になる。
この文庫本「ダナエ」の元になっている単行本は、 亡くなった2007年1月に出版された。中編3つの比較的薄めの小説集である。 中でも「まぼろしの虹」が発表されたのが 2006年の11月。おそらくは死を覚悟し、病が深刻になる直前の 「凪ぎ」のような時期に書かれている。 この中編を読むだけで、この本を買う価値はあると思う。 「中編集」とはいえ、3篇とも、書かれた時期が異なる。 3篇目の「水母」は2002年発表だから、 まだ食道ガンの宣告を受ける前。だからこの「水母」には、 「テロリストのパラソル」に通じるハードボイルドさと、重い暗さがある。 しかし他の2篇は、ガン宣告のあとに書かれている。 とくに「まぼろしの虹」……。 「ダナエ」も、どこか「救い」が用意されている作品で、 深読みすればガン宣告による藤原伊織の「突き抜けた諦念」のようなものさえ感じるが 「まぼろしの虹」には、虚無や暗さはほとんどなく、むしろ透明感が漂う。 巻末の解説を書いているのが、直木賞を同時に受賞した小池真理子。 この解説が秀逸だ。藤原伊織の世界を、こう表現している。 「荒ぶる諦観」……。ただ黙って弱々しく諦めているのではなく、 生きていくためにこそ諦めねばならないことに立ち向かい、泣きながら牙をむく。 そんな種類の諦観が伊織さんの中に根深く潜んでいたのではないだろうか。 藤原作品のロマンティシズムとリリシズムは、好き嫌いも分かれる。 しかし、駆け抜けていったこの作家が、自らの「世界」を はっきり刻印していったことだけは間違いない。 文庫化にあたって改めて読んでみるとともに、故人の冥福を祈りたい。 |
遊戯 (講談社文庫) |
やはりこの作品は藤原伊織を読み尽くした人以外にはオススメできません。何と言っても結末がない訳ですから・・・。
ただ、藤原作品のファンだったからすれば、よくぞ出版してくれたと言える作品なのも間違いありません。結末は読み手側それぞれで考える事が出来る訳ですから。 つくづく惜しい作家を亡くしたと思いますが、死の直前までこんなにも緻密な作品を書き続けたことは本当にすごいと思います。恐らく最後には我々が思いもよらない結末があったのでしょう・・・。 最後の「オルゴール」に見る人生の悲しさは著者ならではの作品だと思います。 |
雪が降る (講談社文庫) |
なんと言っても表題作の「雪が降る」が秀逸だった。
忘れ得ぬ過去からの呼び声に似たメールによって明かされる、心の奥に残る傷の甘い痛み。 それを感傷に溺れることなく淡々と描き出し、最後には未来への希望をも感じさせる。 くたびれた中年男をこんなにも格好良く書ける作家は、藤原伊織をおいて他にはいないのでは ないだろうか。 だからこそ、作者の早すぎる逝去が悔やまれてならない。 切なさに満ちていながら、心震える温もりをも感じさせる短編集である。 |